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既 刊

表象交通論/文化人類学・民族学・民俗学・歴史人類学

内水面漁撈の民具学 ナイスイメンギョロウノミングガク

●内水面漁撈の民具学

小林 茂 コバヤシシゲル【著】
ISBN: 9784862090157 C1039
[A5判上製]472p 22cm
(2007-05-05出版)
定価=本体4600円+税

§筌を中心とした荒川水系の漁撈用具の研究にはじまり、内水面漁撈文化を生み出した人びとの営みがどのような広がりをもつのかを人類学的な普遍として問う、構造論的、生態論的な民具学の試み。

◎民具とは人間にとってどのようなものであるかを、民具の構造とともに風土に生きる生態学的な相関構造としても捉え、また、「横井庄一さんの生活用具」のように、一人の個人の生活・生存にとって生活用具がいかに重大な意義をもつのかをも追求している。

【主な目次】
― 川狩りの伝承を訪ねて
第一部 荒川の漁撈用具
 荒川水系の漁撈/荒川水系の筌―形態・構造・分布/筌漁―荒川水系の一例/荒川の筌あれこれ/荒川水系の鵜飼とその用具/武蔵・荒川の鮎漁とその用具/鰻掻と鰻鎌―荒川水系における/鰻掻き鎌/〈付〉鰻掻き鎌の実測
第二部 筌構造から考える生態人類学 
筌論補遺―「筌構造」とその生態学的対応について/「陸のうみ」に生きる漁撈文化/人類史における内水面漁撈文化の地位について/まとめ―ヤマメド、「山の文化」の原初性と自由度
第三部 民具とは何か
 民具学の創生と「民具」への問い/横井庄一さんの生活用具
あとがき

【著者紹介】
小林 茂(1931~2009年)
埼玉県秩父郡皆野町生まれ。考古学・民具学・民俗学専攻。日本考古学協会会員。地元で家業を営むかたわら、埼玉県文化財保護審議会委員、埼玉県埋蔵文化財事業団理事、埼玉民俗の会などを歴任した。編著に『秩父 武甲山総合調査報告書』『秩父 合角ダム水没地域総合調査報告書』『聞き書き 埼玉の食事』『秩父 滝沢ダム水没地域総合調査報告書』『日本民俗調査報告書集成 関東の民俗 埼玉県編』などがある。

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【書評】
漁撈用具に関する研究成果
郷土研究を普遍性の水脈にまで掘り下げる
(工藤元男/早稲田大学教授・中国古代史専攻)
 著者は埼玉県文化財保護審議会委員、同埋蔵文化財事業団理事などを歴任し、秩父・荒川水系の民俗・考古・民具の研究を専門とする。とくに父子二代で蒐集した膨大なコレクションは、知る人ぞ知る至宝で、国の重要有形民俗文化財に指定されている。評者もその一端を見せていただき、その質と量に圧倒されたことがある。本書は、この一大コレクションにおける荒川水系の漁撈用具、とくに“筌”に関するフィールド調査を基盤とした研究成果である。

 本書は三部構成で、第一部「荒川の漁撈用具」は、一九七一年~二〇〇三年に新聞・雑誌等に執筆した荒川水系の筌の形態・構造や分布、それを用いた筌漁、さらに鵜飼・鮎漁の用具、饅掻き鎌等に関する論考を収録する。第二部「筌構造から考える生態人類学」は書き下ろしで、秩父・荒川のフィールド調査から獲得された智の根底にある“普遍性”までたどり着こうとする試みである。本書が一般の郷土研究書と区別されるのは、この視座の故である。著者自身、その「あとがき」で「郷土の具体を研究することが、同時に人類史的な普遍の智をそこに湛えるだけの力を内包できなければ、いまこの島国で起きつつある地域の衰退に対処しえないであろう」(四七一頁)と述べているように、それは地域の衰退に対する郷土研究者の危機感の表明であると共に、民具研究を通して郷土研究を普遍性の水脈にまで掘り下げてゆこうとする研究姿勢の表明なのである。

 じっさい、第二部にはそれを実践する論考が収められ、「『陸の海』に生きる漁撈文化」では、インドガンジス平野から東南アジア低湿地・洪水帯平野にわたる「陸のうみ」の水田稲作―漁撈文化複合と漁携用具との相関関係、その中における筌文化の位置付けが検討され、「人類史における内水面漁撈文化との比較が試みられている。

 第三部「民具とは何か」も書き下ろしで、本書の出発点をなす「筌」を含む民具の学問的位置付けを問うている。現実の民具学は、氏の指摘するように「われわれの生活文化としての生きた用具性を失い、道具の構造と機能の展開の一部として位置付けられ、研究され」(三五八頁)、あるいは「歴史社会的な道具の文化の発展と消滅として研究され」(同)ている。これに対して氏は「われわれが一つの地域に『住みつく』とは、…(略)…自然の上に人工の営みを根づかせ、そこに持続的な調和を見出そうとする無意識を含む媒介的な意思なのであり、民具学が志向するものとはこのような意思の全体像を明らかにする試みである」(三六〇頁)と提言している。「横井庄一さんの生活用具」は、このような観点から横井さんの生活に体現された生活用具のありかたを検証したものである。学問がリアリティをもつ瞬間とは、こういうものである。マスコミで横井さんの生活環境をどれほど詳しく報道しても、本書を超えられない。現実はそれを見るだけで見えてくるわけでなく、学問的分析方法を通してのみ、真実は現前してくるからである。民具論に収斂された本書の学術性は、横井さんの生活用具に関する分析が何よりも雄弁に保証している。

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