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編集同人

編集同人から

1 東日本大震災、2011年3月11日の巨大地震後、著者や知人から「背骨に響きました」といった震駭のことばを異口同音に聞きました。大震災を被った方への共苦という前に、まずこの巨大地震がわれわれの生の幾重もの襞・皮肉や骨をゆさぶり、身体のさらに深い底から立ち上がる欲動を受けとり、それが共振するように惨劇を受けた方々への想いを促したのだとおもえます。この惨劇は生き残った者にも危機であるとともに、生命を根底から甦らせる力をも与える。そう受け取るべきではないかとおもいます。
鳥頭人像
2 福島原発のこれまでの災害対策上の大きな欠陥の1つは、日常的に放射線の危険に接しつづけてきた現場作業員の知―思考が全く掬いあげられないできた活動体制のヒエラルキーにあるとおもいます。一般の工場労働では、待遇改善の面ではさまざまですが、少なくとも現場作業者の創意工夫を掬いあげることが製品の質を高め、生産性をあげるのに役立つと推奨されてきました。しかし、何次もの下請け企業によって維持されてきた原発の危険な現場では、設計とこれに従ったマニュアルのみによる現場管理が横行していたのだとおもいます。現場は原子力の知識をもたなくともよい。ただ与えられた作業を貫徹させさえすればよいとみなされてきた。その典型の事故が東海村の燃料再処理工場での無残な臨界事故となりました。作業者はなぜマニュアルにしたがわず、2つの液体をバケツに入れて掻きまわすような「無知な」作業をおこなったのか。その「無知」は、原子核反応の技術的な知識を作業者に伝えようとはしなかった者のほうにある、というべきです。

3 人類は物質の核にある構造を解明し、原子の力を利用するまでに科学・技術を発展させてきました。しかし、この思考-知の生成は、哺乳動物生命体の一員にすぎない「ヒト類」の身体活動の上に起こっているのだということを忘れてはならないとおもいます。もし、人類とは異なった「知的な類的存在」が宇宙にいるとすれば、人類がおこなってきたのとは全く異なる知の媒体をもって「思考」をおこなっているかもしれません。もし、地殻活動そのものに「思考」があるとすれば、人類にとっては惨劇であるような地震がどこでどの時刻に生ずるかを必然として知っているでしょう。残念ながら人類はその知をいまだに入手していません。

4 それぞれの「類」は類固有の活動の形態をもつ。人類だけが「全ての類的活動」に従って生産することを身につけようとしてきた、とマルクスはいいます。この「類」概念を拡張して、科学とは「全ての類的活動」についての思考である、ともいえるでしょう。しかし、それだけでは足りない。この「思考」が哺乳動物生命体の一員であるヒトによってなされているとすれば、その思考の基底に「動物であるヒト身体」の存在を意識的に埋めこみ直すことが求められるでしょう。
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5 文字表現は長い筆記の歴史と、木版・木活版・鉛活版・写真植字・デジタル文字による印刷の歴史をもってきました。文字を扱う身体の活動は、このような媒体の展開によって大きく異なってきましたから、それにしたがって身体―文字表現活動の動的様態、その時間性や空間性も必然的に異なってきました。この差異はこれまでは忘れられがちで、時間のなかでその溝は埋められてきたのかもしれません。しかし、文字デジタル化の進展は、書籍媒体の存立そのものの危機をもたらすようになってきました。デジタル化の進展は不可避でありその長所を評価することも大切ですが、同時に、デジタル媒体の進展によって、身体―文字表現活動の動的様態にこれまでにない欠如をもたらしかねないことにも留意しておくべきとおもいます。書籍にこめられた「思考―表現」の時間性と空間性は、デジタル媒体では「情報」、「知識」となって断片化を加速させているように見えます。「本を読む」という身体行為は、「情報」や「知識」を取り出すことではなく、身体が書き手の「思考―表現」と共振しながら一つの時間体験をする活動ですが、デジタル媒体では必要に応じて簡便に断片的に取り出すべき「情報」「知識」に化してしまいかねないのです。デジタル化が不可避であるなら、これからはデジタルな媒体のうちに、身体―文字表現活動の全体性をいかに確保するかの工夫が求められるでしょう。これは、原発事故への対処をいかに構築できてきたかという問いとも共通する課題であるともいえます。

6 わたしどもの出版事業は今のところデジタル化以前の書籍出版、それも一年に何冊かの出版にすぎないささやかなものですが、このおそい速度のなかで、それだけに射程の長い課題にとりくみ、現代のこの場に立つ人間精神の深層を掘りさげ、共同観念や文化、制度の臨界を超える新たな思考―表現を見出すこと、その一端を担う仕事を進めていきたいとおもいます。

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