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既 刊

列島文化の起源へ

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表紙画像を大きく ナキイサチルカミスサノオ―セイトシノニホンシンワゾウ

●哭きいさちる神 スサノオ
 ―生と死の日本神話像

ナウマン,ネリー Naumann,Nelly【著】
/檜枝陽一郎・田尻真理子 タジリマリコ【訳】
ISBN: 4905913322
[A5判上製]320p 21cm
(1989-10-19出版)
定価=本体3400円+税

§記紀神話・昔話・縄文図像を解析し、日本神話の深層にひそむ
最古の神話像〈生と死の原像の表明〉を抉り出す画期的論集。

【目次】
むさぼる死と人喰い―日本の昔話における神話像の変遷について
縄文時代の若干の宗教的観念について
「逆さに逆さに…」―ある古代日本の呪術行為について
ハラヘの本来的意味について
逆剥―点の斑駒を「逆さに剥ぐこと」
点の御柱と八尋殿についての一考察
「万葉集」における死―死者の世界
いわゆる原神道についての若干の覚え書き
初期日本の価値基準
機を織る女神(神話の叙述・神御衣祭・織機と「天の織女」他)

【著者紹介】
ネリー・ナウマン(1922~2000年)
戦後ドイツの日本学を代表する一人。岡正雄がウィーン大学に創設した日本研究所に学び、1946年、日本学・中国学・民族学で博士号取得。博士論文は「日本の習俗と信仰における馬」。ウィーン大学の留学生だった動物学者・王氏と結婚、1947年~1954年まで上海に滞在、3人の子を育てた。 当時の上海はウィーンと同じく激動の時代であり、1949年共産軍が入城、秋には中華人民共和国が誕生した。王氏は西の大学に赴任、ネリー・ワンは王氏と別れて子を育てたが、1947年上海から出国、欧州に戻る。1954~1955年、バーゼルの公立銅版画美術館勤務。1956~1960年、ヘンツェ文庫のあるミュンヘンのバイエルン国立図書館に勤務。そこで、学生だったヴォルフラム・ナウマン(前・ミュンヘン大学教授、日本学、中世文芸研究)と再婚。一子をもうける。1970年、フライブルク大学日本学教官を経て、同大学教授。1985年、同大学定年退職。柳田国男誕生百年記念国際シンポジウムを含めて五回来日。1963~64年に南山大学発行のアジアン・フォークロア・スタディーズに独文で発表した『日本の山の神』は日本文化の古層にかんする画期的な論考だったが、長年、日本の民俗学・民族学では顧みられず、1994年、野村伸一・檜枝陽一郎両氏の訳によってようやく陽の目をみることとなった(言叢社刊)。ナウマンの日本学で注目されるものに、日本の記紀神話その他の古典理解とともに、ヘンツェによってもたらされた先史古代造形の図像解釈学を受け継ぎ、神話表象と造形表象とを共に踏まえた人類最古の文化表象への追究がある。遺著となった『生の緒』は、日本の先史縄文の文化を対象としつつ、人類古層の文化がもっていた生と死の存在論的表象をあきらかにしようとした著作である。翻訳書として、『哭きいさちる神スサノオ』1989年)、 『山の神』(1994年)、 『久米歌と久米』(1997年、在庫あり)、 『生の緒』(2005年、在庫あり)がある。いずれも言叢社刊。

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【訳者紹介】
檜枝陽一郎(1956年~)
福岡県生れ。立命館大学文学部教授。言語学専攻(ゲルマン語)。早稲田大学政治経済学部卒業、東京都立大学大学院独文学専攻修了。ドイツ・ブレーメン大学・オランダ・グローニンゲン大学留学、デュイスブルク大学客員研究員、玉川大学文学部助教授を経て現職。
著書: 『中世低地ドイツ語文法』(共著)大学書林、 『象徴図像研究―動物と象徴』 (共著)言叢社。
訳書: アモン著『言語とその地位』(共訳)三元社、バンヴェニスト著 『インド・ヨーロッパ諸制度語彙集Ⅰ・Ⅱ』 (共訳)言叢社、ネリー・ナウマン著『哭きいさちる神スサノオ』(共訳)言叢社、ネリー・ナウマン著 『山の神』 (共訳)言叢社、ネリー・ナウマン著 『久米歌と久米』 言叢社、ヴィカンデル論文集 『アーリヤの男性結社』 (共訳)言叢社。

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